注意欠陥・多動性障害(ADHD)とは、注意力の低下や衝動性の増加で特徴付けられる発達障害で、小学校への就学時に問題になることが知られています。学童の数%がこのような問題(極度に「落ち着きがない」など)に直面しているとも言われていますが原因や根本的な治療法はまだ見つかっていません。最近、食品添加物の一種であるタール色素(合成着色料)の一部と安息香酸塩(保存料)が、子どもの「落ち着きなさ」を悪化させる可能性を示す論文が発表され、話題になっています。
論文の内容
McCannらが発表した論文(McCann et al., 2007 Lancet)では、特定のタール色素(赤色40号、赤色102号、カルモイシン、黄色4号、黄色5号、キノリンイエロー)と安息香酸ナトリウムの混合物を加えた清涼飲料水を用意しました。そして8-9歳の学童(および3歳児)を対象に、着色料と保存料を含んだ清涼飲料水を飲んだグループと、着色料と保存料を含まない清涼飲料水を飲んだグループに分けて、、6週間にわたって定期的に飲み続けてもらいました。同時に、「落ち着きなさ」を示すスコアを評価して、着色料と保存料の影響が見られるかを検証しました。その結果として、着色料と保存料を含んだ清涼飲料水を飲んだグループでは、程度は少ないものの、落ち着きない行動が増えていました。二重盲検といって、検査者も被験者も、薬がどちらに入っていたかを知らずに評価を受けていますし(後で集計)、対象となる群も偏りが生じないように注意されていました。薬の評価をする際に、二重盲検を使えば思い込みの効果を消せるため、信頼性が高くなると考えられています。その甲斐もあってか、この論文はLancetという世界的に権威のある医学論文誌に掲載されました。
反響と問題点
この結果を受けて、英国食品基準庁(2008/4/4)では、該当するタール色素に関して、子どもの落ち着きなさ(多動性)を悪化させるかもしれない、と注意喚起を行い、英国の食品業界では使用を自主規制する動きが出てきました。しかし、欧州食品安全当局(2008/3/14)は、これから紹介するような研究の問題点を指摘した上で、悪化の程度は必ずしも大きくなく、それほど過敏になる必要はないのではないか、としています。Lancetは権威のある論文誌であり、二重盲検という信頼性の高い方法が使われているのですが、確かにいくつかの問題があります。
1)混合物のうちどれが作用したのかはっきりしない。着色料と保存料の混合物の構成比は英国で標準的に摂取されている着色料と保存料のセット、あるいは英国のグループが実践している食品添加物除去療法で対象となっている着色料と保存料のセットが選ばれ、実験は混合物を対象に行っています。従って、タール色素のどれが、あるいは安息香酸塩がどうなのか、それぞれの作用についてこの研究からはわかりません。
2)用量が増えると影響も増す(用量反応性)性質がわかればはっきりするが、示されていない。この手の薬物の影響を見る研究では、どれくらいの用量ではどれくらいの効果があった、ということも調べる必要があるのですが、今回の報告にはそれも含まれていません。それがわからないと効果が如何ほどのものなのか今ひとつはっきりしません。
3)影響があるといっても「落ち着きの無さ」の悪化の程度は小さい。仮に多少の差が見られたとしても、それにどんな意味があるのかははっきりしません。
以上のように、効果についてはっきりしてない点も多く、程度も少ないため、現時点ではそれほど過敏になる必要はなさそうです。
うちでは、
とはいえ、原油を材料にした化学物質をあえて食べたいとも思わないし、積極的にタール色素を摂取する理由もないので、うちで作っている料理・菓子類にはタール色素は使っていません。サフラン、パプリカ、ターメリックのようにスパイスとして色素を含む食材を使うことはありますが、あえて着色料は家に置いていないということです。もちろん、タラコなど食材の一部に色素が入っている場合、買って食べることもありますし、お土産物のお菓子などに入っていた分には、あえて避けることもなく食べている、というスタンスです。安息香酸塩に関しても、積極的に食べたいとは思わないのですが、保存料に関しては、劣化したときの問題も大きいので難しいところです。まあ、仮に影響があったとしてもその程度は少なく、ときたま着色料や安息香酸塩を微量摂取したところで、影響は殆どないと考えられます。どちらも過敏になる必要はないとは思うですが、きちんとした学術論文としての報告がある以上、今後の研究の行方には注意してみていこうと思っています。
参考:タール色素とは
タール色素とは、アゾ色素のようにベンゼン環をもつ色素(芳香族)をはじめとしたコールタールやナフサなどの石油系の材料から作られる合成着色料のことです。石油から化学合成していることと、タールというイメージから体に悪いのではないかと疑念をもたれることが多い添加物です。確かにタール色素の中には発がん性をもつものも知られていますが、現在、食品に使用が許可されている12品目(赤色2号、赤色3号、赤色40号、赤色102号、赤色104号・赤色105号、赤色106号、黄色4号、黄色5号、緑色3号、青色1号、青色2号)に関しては、様々な検査の結果、現時点では安全と考えられています。毒性試験が繰り返し行われていますから、大量に摂取するならばともかく、食品に含まれている程度の量ならば基本的に安全と考えられます。
「合成着色料」というとどうしても危険なイメージを持ちがちですが、天然の素材だからといって安全とは限りません。例えば西洋茜から得られていたアカネ色素は、発がん性が認められたため現在では使用が禁止されています。一方、タール色素の一種である青色1号(ブリリアントブルー)は、毒性がみられないばかりか、抗炎症作用があることがわかり、動物では脊髄損傷からの治癒を早めるという驚きの作用が証明されました(Peng et al,2009 PNAS)。体調がわるい時にお世話になる薬の多くは化学合成で作られたものであり、当然、厳しい安全性チェックをクリアしたものです。天然だから大丈夫、化学合成だからだめ、とは一概には言えないことは注意が必要です(構造式は赤40号;wikipediaから)。
参考:安息香酸塩とは
アンソクコウノキ(ツツジ目)から得られたといわれ、香料として使われることがある上に、静菌作用があるために、清涼飲料水などの保存料として頻繁に用いられています。科学的には、ベンゼン環をもつ芳香族化合物です。飲料水中の条件によっては、人体に有害なベンゼンに変化してしまう可能性も指摘する人もいますが、変化する割合は微量であるため、大きな問題にはならなそうです。とはいえ、成分同士の相互作用は気をつけた方がいいもの、必要以上に同時摂取するのは控えたほうがいいかもしれません(構造式はwikipediaから)。
参考資料:
McCann D, Barrett A, Cooper A, Crumpler D, Dalen L, Grimshaw K, Kitchin E, Lok K, Porteous L, Prince E, Sonuga-Barke E, Warner JO, Stevenson J. Food additives and hyperactive behaviour in 3-year-old and 8/9-year-old children in the community: a randomised, double-blinded, placebo-controlled trial. Lancet. 2007 Nov 3;370(9598):1560-7.
一部のタール色素と安息香酸塩の混合物が、子どもの多動性を増やす可能性を示唆する介入研究の論文です。
Peng W, Cotrina ML, Han X, Yu H, Bekar L, Blum L, Takano T, Tian GF, Goldman SA, Nedergaard M.
Systemic administration of an antagonist of the ATP-sensitive receptor P2X7 improves recovery after spinal cord injury. Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Jul 28;106(30):12489-93. Epub 2009 Jul 27.
青色1号の抗炎症作用が脊髄損傷後の神経再生に役立つ可能性を示した論文です。
英国食品基準庁の通達(2008/4/4)
http://www.food.gov.uk/safereating/chemsafe/additivesbranch/colours/hyper/
欧州食品安全当局の通達(2008/3/14)
http://www.efsa.europa.eu/en/press/news/ans080314.htm
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