特集

2011年7月3日日曜日

放射能と淡水魚

福島原発の事故から3ヶ月以上が経ち、現在も収束には至っていません。大規模な放射性物質の放出があったのは最初の1週間であったことが分かってきましたが、大気中への放出量だけでもチェルノブイリ原発事故の2割から1割と決して楽観できる規模ではありません。福島県浜通り・中通りから関東平野にかけて地表には多かれ少なかれ放射性セシウムが降り積もった状態となっています。そこで心配されるのが食品の汚染ですが、畑作物や畜肉類は注意が払われているようで、基準値(*1)を大幅に超過するような例は少ないようです。しかし、汚染土壌に菌糸を広げてしまう野生のキノコには注意が必要です(タケノコも)。さて、チェルノブイリの教訓から、同様に注意が必要なものに天然物の淡水魚があります。

北欧・英国北部ではいまだ淡水魚中のセシウム濃度が高い
チェルノブイリ原発の事故の後、放射性セシウムの汚染を受けた北欧(スカンジナビア半島)や英国北部~西部にある一部の湖沼(「ホットスポット」にあたるような場所)では、淡水魚中に含まれる放射性セシウムの濃度が上昇しました。北欧や英国でのセシウム降下量は数万~十数万Bq/平方mであり(*2)、今回の事故にあてはめると、福島県中通り~北関東、南関東の一部ホットスポットにあたる地域です(*3,4)。世界で最も権威のある科学論文誌の1つであるNatureに掲載されたJonssonら論文(*5)によれば、北欧で採取された淡水魚(マス類2種)中からは事故直後、数千~1万Bq/Kgに上る高い濃度の放射性セシウムが検出されました。その後、約5年で数百~1000Bq/Kgまで急速に減少したのち、その後は、数百Bq/Kgで推移しているというのが論文の主旨です。Smithらも英国カンブリア地方の湖沼で同様の結果を報告しています(*6)。今回の事故ではどうでしょうか?水産庁WEBサイトに掲載されている水産物放射性物質調査結果によれば、原発周辺で捕獲されたアユ、ヤマメ、ウグイなどの淡水魚からは最大4400Bq/Kgと高い放射能が検出されています(*7,8)。JonssonやSmithの初期値とほぼ同様の水準です。水産庁の資料によると、福島原発から遠く離れた場所でも基準値以下ながら多少の放射性セシウムが検出されている例もあり、淡水魚には放射性セシウムを蓄積しやすい性質があることを示しています。

淡水魚はイオンを取り込む働きがある
なぜ淡水魚には放射性セシウムが蓄積されやすいのでしょうか。まず考えられるのは、イオンの取り扱いをめぐる海水魚との違いです。魚介類に限らず、私たちの体には、ナトリウム(Na+)やカリウム(K+)、クロライド(Cl-)といった多くのイオン(電解質)が含まれています。海水のイオン濃度(特にNa+とCl-)は体液より濃いため、海水魚は鰓(えら)を使ってイオンを排出して体内のイオン濃度を調節しています。一方、淡水中にはこういったイオン類はあまり含まれていないため、淡水魚では鰓を使ってイオンを取り込んでいます。この働きをうまく調整することができるウナギなど一部の魚では海と川(沼)の両方で生活することできるのです。今回問題となっている放射性セシウム(Cs)は、水によく溶けセシウムイオン(Cs+)となります。イオンとなったセシウムはカリウムと似た性質をもちます。体内でカリウムは細胞の中に多く含まれ、とりわけ筋肉組織に多く分布します。従って、放射性セシウムを体内に取り込んでしまうと、カリウムの代役を演じることになります。だから「放射性セシウムは筋肉に取り込まれる」と言われているのです。さて、だから「カリウムを多く含んだ食品を食べるとセシウムをあまり取り込まずに済む」などと言われているのですが、海水魚の場合、鰓を使って積極的にイオン類を排出する働きがあるので、放射性セシウムは蓄積しにくいと考えられてきました。反対に、淡水魚の場合、淡水中に乏しいイオン類を積極的に取り込む働きがあるため、放射性セシウムを蓄積しやすいと考えられているのです。
さらにアユなどに関しては餌の問題も考えられます。水草やコケなども、「根」が浅く、水中から広く養分を吸収するため、比較的放射性セシウムを取り込みやすいと思われます。それらを餌にするアユは放射性物質を取り込みやすく、しかも先に紹介したように排出しにくい仕組みを持っているので、比較的高濃度の放射性物質が検出されているのだと思います。JonssonやSmithらの研究では、食物連鎖の循環により、長期間、放射性セシウムの濃度が持続することがわかりました。本当に残念なことですが、天然物の淡水魚での放射性物質の問題は長引く可能性があります(特に閉鎖系の湖沼では)。

適切に管理された養殖物は大丈夫そう。
なお、菌床キノコが問題ないのと同様に、餌や水がコントロールされている養殖の場合には放射性セシウムの蓄積はほぼないか、極めて少なくなるようです。実際に水産庁WEBサイトに掲載されている水産物放射性物質調査結果を見ると、養殖の場合には、ほとんど検出されないか、検出されても基準値(500Bq/Kg)の1/10以下にとどまっています。注意すべきは、自分で川や湖に釣りに行く場合の天然物です。ただし、これまでのところ、基準値超過となっている淡水魚類は原発周辺に限られている(福島県中通り、浜通り)ようなので、過度に神経質になる必要はないと思いますが、野山のキノコと同様に、ここしばらくの間、釣りに行って魚を食べるときには、その周辺の汚染状況と最新の調査結果に注意を払う必要があると思います(写真はwikipediaより。遡上するアユで、今回の原発事故とは関係のない写真です)。










参考資料:

*1 福島原発事故前からの輸入品基準値が放射性セシウム370Bq/kg以下、事故後の暫定基準値が500Bq/Kg以下。ちなみに平時にはほとんど検出されていませんでした。

*2 Mark Peplown. Chernobyl’s legacy. Nature. 2011 Mar 31;562-565.
福島原発の事故を受けて、チェルノブイリ事故を回顧する記事です(英国の科学誌Nature)。事故の影響とともに欧州の放射性セシウム降下量のマップが紹介されています。

*3 文部科学省・米国エネルギー省の航空機モニタリング調査
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/06/16/1305819_0616_2.pdf
北欧・英国北部のセシウム降下量(~十数万Bq/平方m)に相当するのは地図上で~水色のエリアの一部までです。

*4 「千葉、茨城で土壌から通常の400倍セシウム 筑波大調査」中日新聞WEB (2011年6月14日)
北関東~南関東の一部に数万Bq/平方m以上に相当するエリアが散在しています(4万Bq/平方m以上が「放射線管理区域」に相当)。図中で緑~黄色に相当するエリアです(中日新聞WEBサイトからは既に見ることができませんが、ネット上のいくつかのサイトで引用されています)。

*5 Jonsson B, Forseth T, Ugedal O. Chernobyl radioactivity persists in fish. Nature. 1999 Jul 29;400(6743):417.

*6 Smith JT, Comans RN, Beresford NA, Wright SM, Howard BJ, Camplin WC. Chernobyl's legacy in food and water. Nature. 2000 May 11;405(6783):141.
こちらも英国の科学誌Natureの論文。英国西部カンブリア地方の淡水魚、放牧のヒツジでも同様に放射性セシウムが長期間残存していることを報告。

*7 水産物放射性物質調査結果・マップ(水産庁)
http://www.jfa.maff.go.jp/j/kakou/Q_A/pdf/110701_map_jp.pdf

*8 水産物放射性物質調査結果・リスト(水産庁)
http://www.jfa.maff.go.jp/j/kakou/Q_A/pdf/110701_kekka_jp.pdf

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