2011年12月29日木曜日

旨味とアミノ酸

味覚は「甘味、酸味、塩味、苦味、旨味」の基本五味に分けることができると言われています。そして、舌の表面には、それぞれの味に反応するセンサーが次々と見つかっています。基本五味の中でも、和食では旨味が重視されていて、なくてはならない存在に思えます。かつて、欧米(米・英)では、旨味が基本味であることがなかなか受け入れられなかったという事情さえあって、英語でも旨味は「umami」と呼ばれる存在です。

旨味のもとはアミノ酸
旨味成分の元は、グルタミン酸やイノシン酸といったアミノ酸です。これをつきとめたのは、理化学研究所の創設者の一人である池田菊苗で1907年のことでした。彼は、旨味の元としてグルタミン酸の単離に成功し、後の「味の素」となるうま味調味料(化学調味料)の商品化につなげました。その後、アジア圏では調味料としてのグルタミン酸が爆発的に普及し、1960年代には、一般家庭でも「味の素をごはんにふりかけて食べるといった流行さえ引き起こしてしまった」そうです。実は、このときは「グルタミン酸を食べると頭に良い」などという噂まで広まったことがあったそうなのですが、噂の発端は、グルタミン酸の脳への作用を研究していた慶応大学の林教授が、木々高太郎というペンネームの作家であった故に、「グルタミン酸は頭によい」という言説を面白おかしく一般書で紹介したことに端を発していると言われています。なお、食事で摂ったアミノ酸が直接脳の神経細胞に作用することはないため、今日ではこの噂は否定されています。一方、舌の表面にはグルタミン酸などのアミノ酸に対するセンサーがあることが見つかり、確かに旨味は基本味の1つであることが実証されています。食品中に含まれるグルタミン酸が、舌表面の味蕾(みらい)にあるセンサー(「グルタミン酸受容体」)にくっつくことで、細胞が興奮し、味覚を伝える神経をとって、その食品に「旨味」が含まれていることを脳に伝えるのです。

グルタミン酸は頭痛を起こす?という説もあったが…
「グルタミン酸を食べると頭によい」というブームがあったという話を初めて知った時、個人的にはとても驚きました。「グルタミン酸を食べると頭に悪い(かもしれない)」という噂をしばしば聞いたことがあったからです。1960年代の日本では、グルタミン酸ナトリウムをご飯にふりかけるまでのブームが起きていた一方、米国では過剰なグルタミン酸添加が、頭痛や顔の紅潮などの不快な症状を起こすのではないかと疑われていたのです。当時、在米の中華料理店で多くのグルタミン酸が使われていたので、「中華料理店症候群(Chinese Restaurant Syndrome)」と呼ばれていました。脳への興奮作用を持つグルタミン酸を過剰に摂取させることで神経細胞に悪影響を与える可能性が危惧され、一時は摂取限度が設けられたほどでした。しかし、その後の大規模な調査の結果、統計的に明らかな影響は認められず、「中華料理店症候群」とグルタミン酸の関連は否定されました。どうやら酒や脂っこい物を食べ過ぎたことによる非特異的な効果だったようです[6, 7]。しかし、その後も過剰なグルタミン酸の摂取は、網膜に悪い、という研究結果も出ており、まったく無制限に食べてよいかどうかは議論が分かれているようです。もちろんグルタミン酸は食品中に含まれる旨味成分であり、適量の摂取は何の問題もありません。どんなことにもいえますが、過ぎたるはなお及ばざるが如し、ということです。

うま味調味料との適切な付き合い!?
食品にグルタミン酸を少々ふりかける程度では大した毒性がないのは間違いなさそうです。でも料理を愛好するものとしては、グルタミン酸の過剰な添加は、味を単調にしてしまう恐れがあり、一緒に食べている他のものの味をわからなくしてしまうのではないかと考えています。うちでは、醤油にむやみに混ぜる、などは避けています。地中海料理全般として、素材の味を活かすのが売りなこともあって、できれば天然の肉、魚、野菜からブロード(出汁)をとりたいと考えています。様々な食材から来る複雑な味はとても単一のアミノ酸で置き換えのきくものではありません。しかし、いつもいつもブロード(出汁)をとるのは大変で、特に仕事がある平日にはとうていできることではありません。そんなこともあって、うちでは、特別な場合でない限り、スープやリゾットに用いるブロードとしては、市販のブイヨンを活用しています。入れすぎるといかにも調味料を足した!という味になってしまうので、気持ち少なめに、使うように心がけています。天然と素材と組み合わせると、複雑な旨味が活かせてとてもおいしいです。余裕があるときは自家製のブロード、急いでいるときには市販のブイヨンを使うといった適度な関係がよいのではないかと思っています。

参考資料:
藤田一郎, 脳ブームの迷信. 2009, 東京: 飛鳥新社.
Geha, R.S., et al., Review of alleged reaction to monosodium glutamate and outcome of a multicenter double-blind placebo-controlled study. J Nutr, 2000. 130(4S Suppl): p. 1058S-62S.
Walker, R. and J.R. Lupien, The safety evaluation of monosodium glutamate. J Nutr, 2000. 130(4S Suppl): p. 1049S-52S.
Ohguro, H., et al., A high dietary intake of sodium glutamate as flavoring (ajinomoto) causes gross changes in retinal morphology and function. Exp Eye Res, 2002. 75(3): p. 307-15.

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