今回の要点は次の通りで、食についてはそこまで危険ではない、と考えている根拠はこちらです。 1. モニタリング調査が行われている 2. 暫定基準値前後なら多少食べても深刻な被曝にはならない 3. セシウム以外の核種の汚染は少なそう しかし、それでもなお気をつけたほうがよいとする根拠はこちら。 1. 医療被曝による過剰発がんを指摘する報告もある 2. 中等度のセシウム土壌汚染で過剰発がんを示唆する報告もある 3. わからないことはできるだけ気をつけたほうがいい 食品に関して言えば、土壌や食品のモニタリング調査の気をつけながら、適度に注意をしながら、偏りのない食事をしていけば大丈夫だと考えています。 |
まずは、現時点で食についてそこまで危険ではない、と考えている根拠について詳しく紹介していきます。
「モニタリング調査が行われている」
原発事故以来、様々な食品を対象に放射性ヨウ素と放射性セシウムの調査が行われています。事故直後に予想したように野生のキノコなど、いくつかの食材では高濃度の放射性セシウム(数千~数万Bq/Kg)が検出されていますが、それ以外の野菜や魚介類(原発周辺を除く海水魚)では値はかなり落ち着き、不検出(~数Bq)が多くなっています。ことキュウリやトマトなどの野菜類では、かなりの土壌汚染が予測される場所であっても値は低く、土壌から野菜へのセシウムの移行はかなり低いと考えられます。現時点でモニタリング調査の頻度が十分とはいえず、特にセシウム・ヨウ素以外の核種についての調査が少ないのが不安要素ですが、これまでの実績値を考えると現時点で、日常的に食べる食材から極端に高い放射性物質を含むものにあたる可能性は低そうです。ただし、野生のキノコや野生の獣肉、淡水魚、常緑樹の実や葉などからは注意すべき値(数万~数千Bq)が出ているので、(少なくとも北海道を除く東日本では)自分で採取したりするのは控えた方がよさそうです。
有志の方のまとめサイトから、自治体・国の調査結果を概観することができます。
「全国の食品の放射能調査データ」(http://atmc.jp/food/)
→有志の方のサイト、水道水や空間放射線量のまとめも。
「食品の放射能検査データ」(http://yasaikensa.cloudapp.net/)
→ (財)食品流通構造改善促進機構の有志の方のサイト
「暫定基準値前後なら多少食べても深刻な被曝にはならない」
放射性物質は摂取しないに越したことはないのですが、暫定基準値を少し超えるくらいの放射性セシウムを含む食品を誤って食べてしまったとしても、人生を悲観する必要はありません。過去の研究から、放射性物質ごとに「実効線量係数」という値が計算されていて、ベクレル数(放射能の強さ)に実効線量係数をかけると、その物質を食べてしまった時の被曝量を簡単に計算することができます。137Cs(半減期30年)ならば「1.3×10-8 Sv/Bq」です。例えば137Csを500Bq/Kgほど含む食品(暫定基準値)を500g(0.5Kg)ほど誤って食べてしまった場合、内部被曝量は次の通りです。
137Cs : 500 Bq/kg×1.3×10-8 Sv/Bq ×0.5Kg×106 = 3.25μSv
3.25μSvの被曝となります。ちなみに134Cs(半減期2年)ならば実効線量係数は「1.9×10-8 Sv/Bq」で、被曝量は1.5倍ほどになりますが、それでも500g食べてしまった時の被曝量は4.75μSvで、いずれにしても肺のX線撮影(50μSv)の1/10以下なので、(気分はよくないですが)誤って口にしたとしても問題になる被曝量ではありません。少し前に出まわってしまったセシウム汚染牛肉(数百~数千Bq/Kg)のステーキを誤って食べてしまっても、最悪でも肺のX線撮影1枚分前後に収まるので、人生を悲観する必要はないことがわかります(もちろん継続的に食べ続けることはいけません)。
ちなみに、食品全てが暫定基準値クラスの汚染を受けていた場合(放射性セシウム合計500Bq/Kg)は、どうなるでしょうか。現実には137Csと134Csが等量ほど含まれていることが多いので、それぞれを250Bq/Kgずつとして、一日に食べる食品が1.5Kgだとすると以下のようになります。
137Cs(250Bq/Kg):
250 Bq/kg×1.3×10-8 Sv/Bq×1.5 kg/日×365日×106 ≒ 1800 μSv
(1.8 mSv)
137Cs(250Bq/Kg):
250 Bq/kg×1.3×10-8 Sv/Bq×1.5 kg/日×365日×106 ≒ 2600 μSv
(2.6mSv)
合計すると約4400μSv(4.4mSv)となります。福島原発の事故前に日本人が受けていた自然放射線量の平均1400μSv(医療被曝を除く)や一般人の被曝限度量1000μSv(1mSv)(これも医療被曝を除く)を大幅に越えてしまっていますが、緊急時である、ということと、おそらく全ての食品が暫定基準値を超えることはないだろう、という予測で設定されたのではないかと予想します。チェルノブイリ事故時のヨーロッパでもそのような発想で「10%の食品が放射能汚染を受けていたとしても、被曝量が1000μSvを超えないようにする」という発想で暫定基準が決められていました。今回の場合も「一日に食べる食品の10%(重量比)が暫定基準値に汚染されていて、他はセシウム汚染がない」という計算であれば、放射性セシウムによる被曝は年間440μSv(0.44mSv)に収まります(平均で50Bq/Kg以下ならこうなります)。現実のモニタリング調査から考えると、放射能が多く含まれていそうな食材を選んで食べ続けない限り、問題はないと考えられます(逆にわざと選んで食べるのはオススメできない、ということ)。
緊急被ばく医療ポケットブック(原子力安全研究協会)
http://www.remnet.jp/lecture/b05_01/index.html
→付録に実効線量係数(摂取・吸入)の一覧が載っています。
「日本からの輸入食品の放射線検査の許容水準上限を引き下げ(EU)」(JETRO)
http://www.jetro.go.jp/world/shinsai/20110411_01.html
→欧州の暫定基準値の決め方について書かれています。現在は日本の基準にあわせて、「放射性セシウム500Bq/Kg以下」が使われています。
「セシウム以外の核種の汚染は少なそう」
ストロンチウムやプルトニウムなどの調査はあまり行われていないので、まだまだ心配なのは確かです。骨への蓄積が心配されるストロンチウム90(90Sr)や強力な発がん性が心配されているプルトニウム(Pu)などいくつか気になる核種がありますが、セシウムと比べると放出量は少なく、原発周辺の土壌調査からもストロンチウムでセシウムの1/100以下、プルトニウムは福島原発事故以前の水準の範囲内に収まっています。最近、横浜のマンション屋上の堆積物からストロンチウムが検出されて問題になっていますが、当該箇所で検出されたセシウムの1/100以下、という傾向は同じです。つまり放射性セシウムの濃度が高くなければ、放射性ストロンチウムなど他の核種の濃度はさらに低いと考えられます。ストロンチウム90の実効線量係数は「2.8×10-8 Sv/Bq」で、137Cs(セシウム137)の2倍強の強さですが、食品中に含まれる割合が放射性セシウムの1/100であるならば、セシウムの方が、遥かに影響が大きい、という計算になります。もちろんストロンチウムは骨に集まりやすいということもあるので、完全に安心というわけではないのですが、セシウムの値が問題ない数値であれば、他の核種も概ね大丈夫そうです。逆をいえば、放射性セシウムの濃度が高いものには、放射性ストロンチウムも多く含まれている可能性がありますので、注意が必要です。
「文部科学省による、プルトニウム、ストロンチウムの核種分析の結果について」(文部科学省)
http://radioactivity.mext.go.jp/ja/distribution_map_around_FukushimaNPP/0002/5600_0930.pdf
→原発の数十キロ圏内でのプルトニウム、ストロンチウムの土壌調査の結果。
「解析で対象とした期間での大気中への放射性物質の放出量の試算値(Bq)」(経済産業省)
http://www.meti.go.jp/press/2011/08/20110826010/20110826010-2.pdf
→希ガス、ヨウ素、セシウムの放出が多いことがわかります。
セシウムの地表への分布状況は文科省の航空モニタリングがわかりやすいです。
http://radioactivity.mext.go.jp/ja/monitoring_around_FukushimaNPP_MEXT_DOE_airborne_monitoring/
→あくまで数百メートル四方の平均値で、溝や雨樋下など注意すべきところの値はわかりませんが、地域ごとの傾向をつかむことができます。
こうして見ていると、食の安全としては、現時点ではそこまで悲観する必要はないと考えられます。でも、重要なのはこれからで、こうした客観的な事実を前にしても、Gatto e topoは、なお気をつけたほうがいい、と考えています。その根拠について1つずつ紹介していきます。
「医療被曝による過剰発がんを指摘する報告もある」
肺のX線撮影くらい(50μSv)程度の被曝であれば、全く問題ないことは確かなのですが、CT検査(数mSvの被曝)になってくると、1回位はともかくとして、繰り返しの被曝には発がんのリスクが出てくる可能性があります。その場合には、患者さんが受ける利益(つまり検査結果)と被曝を天秤にかける必要が出てきます。低線量被曝の影響はわからないことが多く、大きな問題はないとする研究者が多い一方で、問題を指摘する研究者もいます。例えば、Lancetという権威ある内科論文誌に掲載されたBerrington de Gonzálezら論文では、医療被曝の問題点として、割合としてはわずかにしても、総数では少なくない数の過剰発がんを起こしているのではないかと指摘しています。とりわけ、日本では医療被曝(検査)が多い、といわれていて、一定数の過剰発がんが起きているのではないかと指摘もあります。ちなみに原発労働者では以前から被曝による白血病などの発生が心配されていました。労働災害認定の基準は5mSv以上の被曝です。(福島原発事故の前までの)近年では年間被曝量は、むしろ医療従事者の方が多いくらいにまで、大幅に減っていました。従って、今後、福島原発周辺で予測される数十mSvの被曝であっても、過剰発がんが起こらないと言い切ることはできません。ちなみに、自然放射線量の高い地域での発がん低下を指摘する論文(Mifune et al., 1992)もあったのですが、そのような効果はなかったという報告もあり(Ye et al., 1998)低線量被曝の「有用性」は今のところ科学的に証明されたものではありません。先に紹介したように、今回の事故で食事から受ける内部被曝の絶対量は大きいとはいえないのですが、外部被曝・内部被曝共に、できるだけ減らしたほうがよいのは間違いないと考えています。
Berrington de González A, Darby S. Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other countries. Lancet. 2004 Jan 31;363(9406):345-51.
→医療被曝(主にCTなど)による発がんの可能性を指摘した論文(むやみにCT検査を繰り返すのは避けたほうがよい、という趣旨)。肺のレントゲン検査(50μSv)など単純X線撮影は被曝量が少ないので気にする必要はありませんが、CTは気をつけたほうがいいです(撮影場所・方法で変わりますが数千μSv)。必要な検査をむやみに恐れる必要はないですが、CT(強い外部被曝)や内部被曝を受ける検査(シンチなど)の場合はしっかりと説明を聞いてから検査を受けましょう。
Mifune M, Sobue T, Arimoto H, Komoto Y, Kondo S, Tanooka H. Cancer mortality survey in a spa area (Misasa, Japan) with a high radon background. Jpn J Cancer Res. 1992 Jan;83(1):1-5.
→自然放射線であるラドン吸入は肺がんのリスクを増やすと言われていたが、むしろラドン濃度の高い(自然放射線の多い)地域ではガン発生率が低下していることを報告。
Ye W, Sobue T, Lee VS, Tanooka H, Mifune M, Suyama A, Koga T, Morishima H, Kondo S. Mortality and cancer incidence in Misasa, Japan, a spa area with elevated radon levels. Jpn J Cancer Res. 1998 Aug;89(8):789-96.
→同じ地域での後年の調査で、幅広いガン発生率の低下はなかった。胃がんの低下はみられたが、放射線の影響と言うよりは温泉地でみられる効果らしい。ラドンの濃度が高い地域でもガンが著しく高まる、ということはないようだが(きちんと換気をしていれば大丈夫)、ガン発生の著しい低下は再現しなかった。
「中等度のセシウム土壌汚染で過剰発がんを示唆する報告もある」
舞い上がった放射性物質を含む埃を日常的に吸い込んだり、放射性物質を含んだ食べ物を日常的に食べることの影響はまだはっきりとはわかっていません。スウェーデンのTondel,らの研究によれば、チェルノブイリ事故の影響で数万~十万Bq/平方メートル前後の汚染を受けた地域(スウェーデン)では、ガンの発生率が増えていることが報告されています。セシウム137の蓄積量が8万~12万Bq/平方mの地域では、ガンの発生頻度が約1.2倍、蓄積量が6万~8万Bq/平方mの地域では、約1.1倍になっていて、10万Bq/平方mのセシウム137でのガン発生リスク増大は約10%と見積もられています。今回の原発事故でもセシウム137が10万Bq/平方m以上の領域はかなり広く(文科省の航空モニタリングのセシウム137蓄積量マップでの青の表示以上の場所です)、心配されます。外部被曝だけの場合と比べるとあまりに異なるので(100mSvの被曝でも過剰発がんは1%以下といわれている)、にわかには信じがたいのですが、食品や吸入による内部被曝のリスクを示唆する可能性があります(食品については注意が払われたはずなので、むしろ吸入のリスクが疑わしいと個人的には考えています)。1つの論文だけで結論づけるのは危険ですが、査読された科学論文でそのような報告がある以上、用心したほうがいいのは間違いありません。
Tondel M, Hjalmarsson P, Hardell L, Carlsson G, Axelson O. Increase of regional total cancer incidence in north Sweden due to the Chernobyl accident?. J Epidemiol Community Health 2004;58:1011–1016.
→スウェーデンでの調査。
「わからないことはできるだけ気をつけたほうがいい」
用心したほうがいいという最大の根拠はこれです。もちろん、根拠がはっきりしないことを信じるのは科学的でないかもしれません。しかし、水俣病(水銀)、アスベスト(石綿)や薬害の教訓から考えると、こと健康に関することは、できるだけ慎重に安全サイドにたって行動する必要があると考えます。例えば、先に紹介した実効線量係数(摂取・吸入)がどれくらい確からしいのか、ストロンチウムのように特定の臓器(ストロンチウムでは骨、ヨウ素では甲状腺)などに集積する性質のある核種では本当に実効線量係数だけで大丈夫なのか、あるいは吸入・摂取以外に、気道などに付着した場合はどうなのか(「緊急被ばく医療ポケットブック」でも気道などへの付着は別なので注意、と書かれている)、心配の種はつきません。25年たったチェルノブイリ事故であっても、未だ事故の影響は論議の対象であり、わからないことはいろいろあります。そして今後、事故がどのように推移していくか、未だ不確定要素は多くあります。そうした理由から、被曝は少なければ少ないほどよいとGatto e topoは考えています。
もちろん、はじめに書いたように、自然放射線や医療被曝でも受けうる1mSv前後の被曝量であれば、リスクは十分に少ないと予想されます。先に紹介したように外部被曝やその他の要因に比べて、食品から受けるであろう内部被曝量はそれほど多くないと考えられるので、そこまで神経質になることはないと考えています。外部被曝が多い地域(年間1mSv~5mSvを超える地域)ではまずそちらに用心する必要がありますが、食品に関して言えば、土壌や食品のモニタリング調査の結果に気をつけつつも、(当該地域での)野生のキノコや獣肉を避けるなど、多少の注意をしながら、偏りのない食事をしていけば大丈夫だと考えています。
(11/10/21)一部加筆修正
(11/10/22)一部加筆修正、表題を変更しました。
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